大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(行ツ)71号

上告人

佐々木久美子

右訴訟代理人弁護士

村岡啓一

上田文雄

旧倶知安労働基準監督署長事務承継者被上告人

小樽労働基準監督署長西本光一

右当事者間の札幌高等裁判所昭和五六年(行コ)第七号遺族補償費及び葬祭料不支給処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年二月二二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村岡啓一、同上田文雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)

上告代理人の上告理由

第一 問題の所在

一 業務起因性の意義と認定のための要件

1 本件訴訟は、会社の業務命令に基づくソフトボール大会に選手として出場していた労働者が急死した事案につき、業務(ソフトボール競技)の遂行と死亡との間に相当因果関係が認められるか否かが争点となったものである。

2 労働者災害補償保険法第一二条の八第二項は、遺族補償給付及び葬祭料の各保険給付がなされる場合の要件として、労働基準法第七九条及び第八〇条の規定を援用するが、労働基準法の右条項は、単に「労働者が業務上死亡した場合」と規定するのみで、何が「業務上」であるかについての判断基準ないし具体的要件は明らかにしていない。

そこで、法解釈によって「業務上」概念の具体的な意味内容を確定していかなければならないが、行政解釈は、「業務上・外」を認定する実務上の方法として、業務遂行性と業務起因性の二つの概念を利用している。

本件では、ソフトボール大会への参加とはいえ、業務命令に基づくもので被災者が使用者の支配下にあったことが明らかであるから業務遂行性については問題がなく、専ら業務起因性が問題となる。

3 一般に業務起因性とは、業務と傷病(労働者に生じた負傷、疾病、障害または死亡)との間に、経験法則に照らして相当な因果関係が存在することをいうが、業務起因性の認定要件を更に分析すれば、「業務→アクシデント→傷病」という二段階構造になっている。この場合の「アクシデント」とは、外傷をもたらす出来事は勿論のこと、急激な身体的努力や精神的緊張なども含み、「短時間内に身体を加害する出来事」を総称する。(ジュリスト労働基準実例百選「業務災害の認定の考え方」一五六頁、田中清定)

本件の場合、労働者が蒙った傷病類型は死亡であるから、右二段階構造のうち後段を構成する要件は、更に細分化され、「業務→アクシデント→負傷・疾病→死亡」の三段階構造になる。

従って、右の如く図式化された因果系列の各要件が充足された場合、業務起因性は肯定されることとなる。

二 第一審判決と原判決との考え方の相異

1 第一審判決の考え方

第一審判決は、前記因果系列の各要件の充足が認められるとして、業務起因性を肯定したがその論理構成は、次のようなものである。

(一) 先ず、「労働者が業務上死亡した場合」の意義について、「労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合」をいうと定義づけ、より正確に

<1>負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係があり、

かつ、

<2>その負傷又は疾病が原因となって死亡した場合

をいうとしている。

これは、本件被災者の災害が、単なる負傷・疾病にとどまらず死亡にまで至った事案であるから「業務上の死亡」を認定する要件として、業務と負傷又は疾病との間の相当因果関係が明らかにされるのと同時に、当該負傷又は疾病が死亡の原因であることの二段階の因果関係が明らかにされることを示したものである。

そして、<1>の相当因果関係を認定する場合の基本的な判断の枠組として、「その負傷又は疾病は、業務の遂行を唯一の原因として発症したものである必要はなく、当該労働者の素因又は基礎疾病が条件ないし原因となっている場合であっても、業務の遂行が発症を早め、又は増悪させる等、それが素因又は基礎疾病と共働原因となっていれば足りる」との考え方を示している。

これは、確立された判例理論であると同時に、業務上・外の認定行政においても採用されている考え方である。

(二) 第一審においては、前記<2>の因果系列については訴外亡佐々木明(以下「明」という。)の死因が「脳出血」であることに当事者間に争いがなく、<2>の要件事実は被告労基署の自白によって、本件訴訟の争点とはなっていなかったので、第一審における争点は専ら、右明の脳出血(以下「本件脳出血」という。)が、業務に起因するものか否か、換言すれば、アクシデント(短時間内に身体を加害する出来事)の存否如何にかかることとなった。

(三) 第一審判決は、別紙間接事実認定一覧表(略)記載の各間接事実を認定したうえで、先ず業務遂行中のアクシデントとして「明は、ソフトボールの競技中に転倒したり他の競技者と衝突した際に、少なくとも一回は、頭部を強打したもの」と推認した。続いて第一審判決は、右認定された「ソフトボール競技中の頭部強打」のアクシデントに加えて、ソフトボール大会直前の明の健康状態及び死亡するに至る経緯(別紙一覧表記載の間接事実参照)等を併せ考慮し、球技遂行中の頭部強打に附随する危険の現実化として本件脳出血が惹起されたものと推認し、「業務→アクシデント→負傷・疾病(脳出血)」の相当因果関係を肯定した。

(四) 第一審において、被告労基署は、ソフトボール競技中の明の転倒の事実は認めながらも、アクシデントとしての「頭部強打」の事実の不存在を主張し、不存在を推認させる間接事実(直接反証)として、

イ 明の頭部に外傷がなかったとの植田医師の所見が存在すること

ロ たとえ頭部を打ったとしても、脳の構造上、脳それ自体に傷がつかないのが普通であること

を主張し、更に、業務遂行の機会に、自然的に発症した可能性を推認させる間接事実(間接反証)として、

ハ 明が高血圧であるとの伝聞が存在すること

ニ 明が肥満体であるなど卒中体質の特徴を有していること

を主張したので、第一審判決は、主要事実たるアクシデントを推認した過程を示すべく、

イ、ロ、につき、植田医師の検案の方法・程度では頭部の負傷を発見し得なかった可能性があり、植田医師の判断基準(外傷の所見がない場合に外傷性脳出血とは考えられないとの見解)では、外傷後意識清明で、時間の経過とともに意識障害を起こす例の説明はできないので、植田所見が脳しんとうを起こさないような頭部への衝撃を原因とする脳出血発症の可能性を否定したものとは解されない。

ハ、ニ、につき、明が高血圧症であったのか否か、高血圧症であったとして症状がどの程度であったか不明であり、明が卒中体質であったと認めることもできない。

と判示し、被告労基署の主張する間接事実をもってしては、「未だ、ソフトボールの競技中に頭部を強打したことと本件脳出血との間の相当因果関係を肯認する妨げとなるものとは到底いえない」と結論づけた。

右の論理構造は、原告が主要事実認定に役立つ間接事実として主張し、第一審判決が認定した別紙一覧表記載の各間接事実によって、「業務→アクシデント→負傷」の主要事実の認定が十二分に可能であるのに対し、イ、ロ、の直接反証は、判示の如き理由により、直接反証としての性格を否定され、ハ、ニ、の間接反証は、自然発症の機会原因を推認させるものとしては証明不十分であるとしたものである。その背後には、一覧表記載の各間接事実の認定から主要事実の証明がなされたと認められるに十分な場合には、逆に被告が、原告主張の間接事実とは直接矛盾しないが間接に主要事実不存在を推認せしめる間接事実(自然発症)の存在について挙証責任を負い、右自然発症の事実が積極的に認められない限り、主要事実の認定を妨げることはできないという立証責任の分配に関する考え方がひそんでいる。

(五) 更に、第一審判決は、原被告双方の主張する間接事実につき、その相互の結びつきや主要事実を推認させる強度等を見究め、主要事実を頂点とする事実の系列を適正に配置するためには、前記基本的な判断の枠組、即ち、「業務の遂行が発症を早め、又は増悪させる等それが当該労働者の素因又は基礎疾病と共働原因となっている場合」であっても業務と負傷・疾病との間の相当因果関係を認めうるという考え方が応用されることを示している。

即ち、本件では明の素因又は基礎疾病が全く不明であるので、共働原因の存否が問題とされ、右基本的判断の枠組が直接適用をみる事案ではないのであるが、右基本的考え方に従うのであれば、仮に被告労基署主張の高血圧症、卒中体質の存在が明らかにされたとしても、明の素因又は基礎疾病が共働原因の一つとして付加されるのみで、それに「頭部強打」が作用して脳出血の結果を惹起させたという因果関係の骨格には影響を及ぼさないから、「相当因果関係を肯認する妨げ」にはならないとしているのである。

これは、原告主張の間接事実から一応、業務遂行中のアクシデントとそれに基づく負傷・疾病が推認できる場合には、被告労基署の側で自然発症の機会原因を積極的に立証しない限り(間接反証責任)、業務と負傷・疾病との間の相当因果関係はこれを認めることができるとするものであり、被災者及びその家族の救済を目的とする労働者災害補償保険法の制度趣旨に則した考え方と言うべきである。

2 原判決の考え方

原判決は、第一審判決とは全く逆に、業務起因性を否定したが、その論理構成は次のようなものである。

(一) 先ず、控訴人(被告労基署)が、昭和五七年一一月二二日付準備書面で明の死因を「脳出血」とする従前の自白を撤回したのをうけて、右自白の撤回は間接事実に関するものであるから裁判所を拘束しないのは勿論のこと自白した当事者をも拘束しないと判示し、被控訴人の異議を排斥した。

その結果、第一審では(行政不服審査の間も含めて)まったく争点とはなっていなかった<2>の因果関係、即ち「負傷・疾病→死亡」が新たに争点とされるに至り「業務→アクシデント→負傷・疾病→死亡」の三層構造の全部が控訴審の審理の対象となった。

(二) そこで、原判決は先ず死因の検討に入り、別紙間接事実認定一覧表記載の各間接事実を認定したうえで、「明は、ソフトボール競技に出場した当時には、運動疲労によって生命の危険を招くような特段の疾病を有する状態にはなかったものと考えられ、その死亡の約一時間余の前までは意識清明な情況にあり、その死亡原因となった疾病は全く突発的に発生したものと推認するほかはない。」と判示した。

即ち、原判決は第一審判決とほぼ同一の死亡に至る経過を認定しながら(一覧表を対比されたい。)業務遂行中のアクシデントの存在は認めず、アクシデントの介在しない何らかの突発的な「疾病」が死因であると推認しているのである。

(三) 続いて原判決は、被控訴人(原告)の主張する因果系列、即ち、競技中の頭部強打による頭部損傷(推定される死因として、外傷性脳出血又は急性硬膜外血腫)を惹起して死亡したとの主張の検討に入り、明の転倒後の行動を理由に「その際、脳損傷若しくは頭蓋骨骨折等脳内出血、急性硬膜外血腫を惹起するような傷害を生じたものとは到底認め難い。」と述べ、診断書の「脳出血死」の記載も「直ちに外傷性脳内出血の認定資料とはなし難く」他方、「同人は平素から高血圧症であったことを疑わしめる記載もあり、同人の死因を被控訴人主張の疾病によるものであることを確認せしめるに足る資料はないので、被控訴人の右の主張は肯認することができない。」と判示した。

原判決の右判示の仕方によれば、死因の特定につき、被災者側の主張、立証責任を前提としていることは明らかである。

被控訴人(原告)が援用した東京高裁昭和五四年七月九日判決(判例時報九三〇号二〇頁)によれば、被災者の死体解剖がなされない場合の疾病の特定について「解剖所見が得られない本件のような場合において死因となった疾病を特定しなければならないときには、被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起りうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りる」との考え方が示されているが、原判決は、死因の特定についての主張、立証責任を被災者である原告側に課している点で、右東京高裁判決とは考え方を異にするものと言わなければならない。

(四) 原判決は、更に進んで、明の死因は、「脳血管障害の如き急性の意識障害を惹起する何らかの疾病の突発に因るもの」と推認したうえで、右疾病を誘発したとみうるアクシデントを認めさせるに足る証拠はないとして、業務と死亡との間の相当因果関係を否定した。

3 第一審判決と原判決との分岐点

第一審判決と原判決とを対比してみると、本件ソフトボール大会直前の明の健康状態、競技中の動静、死亡に至る経緯については、ほとんど同一の事実を認定していながら、業務起因性の有無について、相反する判断をしているが、これは、第一審が「業務→アクシデント→負傷・疾病」の前段の相当因果関係の有無が争点とされ、死因が明確であったことから専ら、アクシデントの存否が争点になったのに対し、控訴審では「負傷・疾病→死亡」の後段の因果関係の有無(死因の特定)が最大の争点とされ、死因の立証が不十分であるとされた結果、結局、アクシデントの認定にまで至らず、原告側の不利益に帰せしめられたものである。

そこで、原判決を批判するにあたっては、原判決の論理過程に従って、

(一) 死因に関する自白の撤回が許されるのか否か

(二) 別紙一覧表記載の間接事実から、原判決が業務遂行中のアクシデントを認めず、死因を「脳血管障害の如き急性の意識障害を惹起する何らかの疾病の突発」とした推理過程に経験則違反がないか

(三) 本件の如き、解剖がされていない場合の死因の特定につき、被災者の側に立証責任を課することは正当か否か の諸点が問題とされざるを得ないのである。

第二 上告理由

一 原判決には、判決に影響を及ぼすべき以下の法令違背がある。

1 民事訴訟法二五七条違反

(一) 原判決は控訴人(被上告人)が明の死因を「脳出血」とする従前の自白を撤回したことにつき「本件請求原因における主要事実は、明の『業務上の死亡』であって、前記自白にかかる明の死因が「脳出血」であるか否かは、右主要事実における業務と死亡との因果関係を認定する資料となり得べきいわゆる間接事実にすぎないのであるから、かかる間接事実についての自白は、裁判所を拘束しないのはもちろん、自白した当事者をも拘束するものではない」と述べて、被控訴人(上告人)の異義にも拘らず控訴人の自白の撤回を認めた。(原判決理由二・冒頭の括弧書)

間接事実の自白の拘束力につき、裁判所も自白した当事者をも拘束しないとするのは最高裁の判例とするところであるが、問題は、本件の場合の「死因」を単に間接事実として評価しうるかという点にある。

(二) 「第一、問題の所在・一」の項で明らかにしたとおり、遺族補償給付及び葬祭料給付の発生要件を示す法律上の文言は「労働者が業務上死亡した場合」であるが、その具体的な構成要件は「業務→アクシデント→負傷・疾病→死亡」である。

何が主要事実であるかは、実体法規の法律要件が抽象的な内容のものであるときは、その抽象的な概念を基礎づける具体的事実を抽出しない限り、明らかにはならないのであって、「業務上の死亡」を帰結するためには、右の図式化した各具体的要件の充足がなければ証明されたものとは認められないのであるから、右図式化した各具体的要件こそが、主要事実と言うべきである。

そして、「死因」は、正に死亡の原因たる「負傷・疾病」に該当する事実であるから、控訴人の「死因」を「脳出血」とする自白は、民事訴訟法二五七条により、当事者が有効に自白を取り消さない限り、裁判所をも拘束し自白に反する事実を認定することは許されないのである。

(三) 然るに原判決は、控訴人の死因に関する自白の撤回を間接事実の自白の撤回と誤認し、主要事実の自白の撤回に必要な控訴人の側の立証、即ち、自白が真実に合致せず、かつ、錯誤に基づいてなされたことの証明を全く要求せず、漫然と死因に関する自白の撤回を認めた点において、民事訴訟法二五七条に違反している。

(四) 尚、上告人は控訴審の昭和五八年一〇月一一日付準備書面において、「死因の特定それ自体は因果関係の存否を判断するうえでの一間接事実にすぎ」ない旨陳述しているが、この主張と本件上告理由の論拠とは矛盾するものではない。

何故ならば、上告人は、被災者の死体解剖がなされない場合の疾病の特定については、東京高裁昭和五四年七月九日判決の判示するとおり、「医学経験上通常起りうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りる」と考えており、この場合、「業務上の死亡」の具体的構成要件である死因(負傷・疾病)は厳密な意味での要証事実ではなくなり、アクシデントと死亡をつなぐ因果関係を補強する間接事実となるからである。これに対し、原判決のように、死因の特定を被災者側の主張立証責任において把握する場合には、正に要証事実そのものに他ならないのであるから、死因は主要事実であり、自白の拘束力を受けることとなるのである。

2 民事訴訟法一二七条違反

(一) 仮に、死因に関する自白が間接事実であるとしても、本件の如き不支給処分取消訴訟の業務起因性の判定のためには、「通常『死因』から業務との因果関係を判定するため死因の特定が極めて重要となる」(控訴人労基署側の昭和五八年一一月一〇日付準備書面12ページ)のであるから、原判決のように自由に撤回を認めるべきではなく、主要事実の自白の撤回と同様、自白が真実に合致せず、かつ、錯誤に基づいてなされたことの証明を要すると解すべきである。

自白者の自己責任と禁反言に由来する撤回の制限は、主要事実についても間接事実についても異なるべきではないと考えられるうえ、本件の如く、行政不服審査の段階から第一審判決を経て控訴審の中途に至るまで業務起因性判断の基礎的事実であったものが長年月の後、容易に撤回されるということになれば、行政不服審査前置主義の精神が全く没却されてしまうからである。

(二) 特に本件においては、自白撤回の理由として、被災者を診断した植田義文医師が、昭和五六年四月一三日、労働事務官高橋弘に対し、自白の当初の判定につき疑問を呈したから(乙第一一号証の労働事務官高橋弘作成の聴取書)というのであるが、何故、昭和五三年一〇月七日の死亡診断時から二年半も経過した時期に労働事務官が事情聴取に赴いたのか、また、何故、植田医師が労働事務官の事情聴取に際して、突如脳出血に疑問を呈したかについては、全く審理が尽くされてはおらず、自白事実に対する反証の提出としては極めて不十分なまま、自白の撤回が認められているのである。

従って、控訴人の死因に関する自白の撤回が理論的には、間接事実の自白の撤回であったとしても、控訴審裁判所は右自白の撤回につき、自白が真実に合致せず、かつ、錯誤に基づいたことの証明を控訴人に求めるべきであったのに、これをしなかった点において、民事訴訟法一二七条の釈明権不行使の法令違反がある。

3 民事訴訟法一三九条一項違反

(一) 原判決は、控訴人が控訴理由に関する事実審理を終了した後である昭和五七年一一月二二日付準備書面において、死因を脳出血とする従前の主張を撤回したのをうけて、更に「訴外佐々木明の死亡原因が、本件ソフトボール大会における転倒・衝突によって外傷性脳内出血が発症したためとは考えられないこと」を立証事項とする都留美都雄教授による鑑定を採用した。

しかしながら、控訴人の右自白の撤回及び鑑定申請は、本来、行政不服審査ないし第一審の段階において提出されることが期待されるものであり、少くとも重大な過失により、時機に遅れて提出されたものであるから、控訴審裁判所としては、時機に遅れた攻撃防禦方法として、職権又は昭和五七年一一月二〇日付上告人(被控訴人)の申立に従い、却下すべきであったものである。

(二) 然るに、控訴審裁判所は上告人(被控訴人)の訴訟遅延回避を求める申立にも拘らずこれらを認めたものであり、民事訴訟法一三九条一項に違反している。

4 判決に影響を及ぼすべき法令の違背

以上のとおり、原判決には、明の死因に関する控訴人の自白の撤回をめぐり、民事訴訟法二五七条、同法一二七条、同法一三九条一項に各違反する法令違背があり、これらは、いずれも不当な自白の撤回を認める結果となったものであり、本件訴訟の争点を根底から変える原因となったものであるから、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決は破棄を免れない。

二 原判決には、間接事実の認定から主要事実の推認に至る過程において経験則違反がある。

1 原判決は、別紙一覧表記載の間接事実を認めながら、第一審判決が「頭部強打」を推認したのとは異なり、競技中のアクシデントたる「頭部強打」を推認してはいない。

この結論の差は、原判決が第一審判決とは異なる経験則を前提に推論をしているからに他ならない。即ち、控訴審裁判所が採用している経験則は、第一審判決の採用している「背走中の転倒・捕球体勢下での衝突・走塁中の前転」の態様の場合頭部を強打することは日常経験的にありうるとする経験則ではなく、都留鑑定人によって示された次の一般的な医学的知見であるからである。(原判決理由・二・2)

(一) 一般に、外傷性脳内出血は、脳実質そのものの外傷によって生じた出血の増大によって脳内出血を惹起するもので、受傷直後から意識障害を伴うことが多い。

(二) 一般に、急性硬膜外血腫は、その出血の原因として<1>硬膜動静脈及び分枝の破裂、<2>頭蓋内静脈洞外壁の破裂、<3>頭蓋骨骨折部の板間静脈からの出血、<4>骨と硬膜との間のずれ、があげられ、このうち<4>の場合は幼小児に見られるもので骨折は認められないが、右<1>ないし<3>の場合はいずれも頭蓋骨骨折があって、それに伴って右各血管の破裂等を生ずる。

つまり、控訴審裁判所において、競技中のアクシデントたる「頭部強打」を推認するためには、「受傷直後の意識障害」が存在するか「頭蓋骨骨折」が認められなければならないとしているのである。

そして、原判決は、第一審判決同様、「背走中の転倒・捕球体勢下での衝突・走塁中の前転」を認めながらも、右判断基準に従い、「いずれの場合も負傷した様子もなく、そのまま競技を続けていた。」ことを重視し、かつ、明の体調異常を示す徴候、即ち、好天下であるにも拘らず「寒けがする」と言っていた事実及び体具合が悪いといって同僚と守備を交替した事実を認めながらも「さしたることもなく」と評価し、「意識不明の状態となっているところを発見されるに至るまでの間に頭痛を訴え、或いは嘔吐、麻痺等の身体的異常を示す徴候は全くなかった。」と認定しているのである。

2 しかしながら、頭部損傷に起因する急性脳死の場合、解剖をして頭蓋骨骨折の有無が判明しているのであれば格別、本件の如く解剖をしない場合には、現実に頭蓋骨骨折が被災者に生じていたのか否かは判らないのであって、不明の状態をもって頭蓋骨骨折がなかったとは言えない筈である。また、頭部損傷に起因する急性脳死の場合、常に「受傷直後の意識障害」が出現するとは限らないのであって、原判決が述べる如く、「その死亡の約一時間余の前までは意識清明な情況」にあったとしてもその事実から「受傷」がなかったものと判断することはできないのである。(被上告人労基署提出の乙第八号証「内科書」六七二頁によれば、外傷性晩発性脳出血として、「頭部外傷が、一見何らの結果を残さずに経過したものが、数日あるいは数週の後に初めて脳出血を起こすことがある。」とされている。)

更に、本件の場合、明は競技から退いた後はグランドわきの芝生に横臥しており、末期的症状に陥っているのを同僚に発見される迄の間、体調異常につき誰の眼にもとまってはいないが、このことも意識障害に至る段階的な諸症状の発現が目撃されていないというにとどまり、原判決の如く「頭痛を訴え、或いは嘔吐、麻痺等の身体的異常を示す徴候は全くなかった」という結論には結びつかないのである。(原判決は、明が競技を退いた後、以後グランドわきの芝生で、「観戦」していたと事実認定をしているが、これは完全な誤りであり、身体的異常徴候の存在を否定するため原判決が恣意的に認定したものと言わざるを得ない。)寧ろ、本件においては、好天で汗ばむ陽気であったにも拘らず、明がバスタオルにくるまり「寒気がする」と同僚に訴え、更には昼食後「具合が悪い」と言って競技を自ら退いている事実が明白に存在するのであって身体的異常を示す徴候としては十分なものが存在しているのである。

3 以上のとおりで、都留鑑定人の示した外傷性脳出血と急性硬膜外血腫に関する発症メカニズムの一般論は正当であるにしても、それを転倒の態様から頭部打撲の事実を推認する際の判断基準として適用するには無理があるうえ、原判決の認定した間接事実群からアクシデントの存在を否定し、却って「死亡原因となった疾病は全く突発的に発生したもの」と推認する推論過程には論理の飛躍があると言わなければならない。

よって、原判決には、間接事実から主要事実(アクシデントの存在)を推認する過程において経験則違反が存するから、原判決は破棄を免れない。

三 原判決には、立証責任に関する分配法則を誤り、証明不十分の不利益を上告人に帰せしめた点において判例違反並びに採証法則違反がある。

1 東京高等裁判所昭和五四年七月九日判決(判例時報九三〇号二〇頁)は、被災者の死体解剖がなされない場合の疾病の特定について、次のように判示している。

「被災者の遺体が解剖されないことについて遺族の側に何ら責むべき事情がないのに、解剖所見による厳格な死亡の原因及び疾病の状況に関する立証を控訴人(被災者)に対し求めることは、立証責任の公平の原則及び『労働者の業務上の事由による死亡等につき公正な保護をするため保険給付を行うこと』を目的として制定された労災法の立法の趣旨に照らして相当でない。

のみならず、労災法の適用にあたり被災者の死亡の原因となった疾病を明らかにすることの主旨は、疾病の医学的解明自体にあるのではなく、疾病と業務との因果関係を労災法上の見地から明らかにすることにあるのであるから、解剖所見が得られない本件のような場合において死因となった疾病を特定しなければならないときには、被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起りうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りると解するのが相当である。」

2 また、山口地方裁判所昭和四九年二月一八日判決(判例時報七四一号七二頁)は、

「業務上の事由による死亡とは、現行の労働者災害補償保険制度の趣旨、目的に照らしてみると、労働者の死亡がその業務遂行中に発生し、かつ、その業務との間に相当因果関係があり、死亡がその業務に起因すると認められる場合、すなわち、死亡に業務遂行性とともに業務起因性があるものと認められる場合に限るものと解されるが、その立証の困難な場合が多いことに鑑み、労働者の死亡がその業務に従事中発生し、その死亡に業務遂行性が認められる場合には、反証のない限り、その業務と死亡との間に右の相当因果関係があり、その死亡に業務起因性があるものとして、いわゆる業務上の事由による死亡と推定するのを相当とする。」と判示している。

3 右各判例の趣旨は、次のように理解することができる。原因不明の災害には(一)死亡の原因が医学的に不明な場合と(二)死亡の原因は医学的に明らかであるが、死亡に至る経緯が不明であるため業務との関連が不明な場合とがある。後者の場合には知れる限りの事実に基づき、経験則上最も合理的な推論によって業務起因性が判定されるのに対し、前者の場合には、たとえ、どんなに死亡に至る経緯が判明していても、死亡が不明である以上、厳密には業務と死亡との関係は説明できないから、理論上は常に業務起因性を否定される結果となってしまう。

右結論を是認してしまえば、死体解剖がなされず厳密な意味での死因が不明の場合は、いかに常識的見地から「業務遂行に起因する死亡事故」と推定されたとしても、業務起因性の説明はできないから常に業務外になってしまい、解剖をしていたであれば、救済されたであろう労働死亡災害が、解剖をしていなかったがために、放置されるという不合理な結果をもたらすことになる。これは明らかに被災者とその家族の生存を確保しようとする労災保険補償制度の趣旨に反する。

そこで、右不合理を回避するため、前記東京高裁判決は、解剖がされていないため、医学的な死因が不明であっても、「被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起りうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りる」として、死因の蓋然的特定を媒介として、(一)の場合を(二)の場合と同様に取り扱う途を開いたものであり、また、前記山口地裁判決は、業務遂行性が認められる場合には業務起因性が一応推定され、労基署側において反証を提出しない限り、業務と死亡との間に相当因果関係は肯定されるとの考え方を用いることによって、医学的な厳密な意味での死因の特定を不要とする結論を導いたものである。

いずれも、労災保険補償制度の趣旨に則した合理的解釈であり、被災者側の立証にかかる具体的要件を「業務→アクシデント→負傷・疾病→死亡」の因果系列のうち、「業務」「アクシデント」「死亡」に緩和し、死因たる「負傷・疾病」をいわば評価の対象としたことは正当であると言うべきである。

4 然るに、原判決は、前述(第一・二・2(三))のとおり、死因の特定を被災者側の主張・立証責任にかかわらしめ、「同人の死因を被控訴人主張の疾病によるものであることを確認せしめるに足る資料はないので、被控訴人の右主張は肯認することができない。」として、立証不十分の不利益を被災者側に帰せしめているのである。

これは、前記判例によって確立されている、「業務上の死亡」を認定する際の立証責任に関する分配法則に違反していると言わざるを得ないから、判決に影響を及ぼすべき法令(採証法則)違背に該当することは明らかである。

よって原判決は、この点からも破棄を免れない。

四 結論

以上のとおり、原判決の事実認定は、(一)時機に遅れた攻撃防禦方法である自白の撤回を何らの制約なしに認めた点において民事訴訟法二五七条、同法一二七条、同法一三九条一項の各法令に違反し、(二)別紙一覧表記載の間接事実の認定から「頭部強打」のアクシデント該当事実を推認せず、却って、「脳血管障害の如き急性の意識障害を惹起する何らかの疾病の突発」を推認した点において、経験則違反があり、(三)死因の特定を被災者側の主張・立証責任に帰せしめた点において、判例違反並びに立証責任に関する分配法則(採証法則)違反があり、右はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから民事訴訟法第三九四条及び同法三九五条一項六号により破棄されるのが相当である。

以上

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